コラム

本山の古本屋の思い出

私は古本屋が好きで、暇を見つけてはあちこち通っています。名古屋にいたころは鶴舞の大学堂書店や山星書店によく行っていましたし、東京に行く用事があると必ず神保町の古本屋を回っていました。

本山にも、私が知る限り三軒の古本屋があって、空いている時間や授業をさぼったときに、よく回っていました。大学の授業と同じくらい、古本屋の本棚は多くのことを私に教えてくれました。ある時は政治、ある時は芸術、ある時はガロ系のマンガ、文学、心理学、宗教と、私のその時々の興味関心によって、探す本は変わっていきましたが、そうやってあっちの棚こっちの棚と探検した経験によって培われた変わらない何かが、今の私を生かしているのだと思います。

①シマウマ書房

本山駅6番出口を出てすぐ、半地下にあった古本屋。大学に入ってすぐから通い始めた、私にとって初めてのブックオフ以外の古本屋でした。

文学や詩集が多いイメージ。マンガなどのサブカル系の古本も意外と置いてあって、見ていて飽きませんでした。初めて行ったとき、入り口のところにスガ秀実の講演会のチラシが貼ってあって、行こうか迷ったけどおっかなくて行きませんでした。行けばよかったな。外のセール本のコーナーで、昔のユリイカとか岩波文庫をよく買っていました。店内ではいつもBGMで知らない歌手のフォークソングがかかっていてずっと気になっていたのですが、誰の曲だったのかとうとう聞かずじまいでした。あの鼻のつまったような、ちょっと高い声は耳に残っているのですが。

今は移転して、千種のイオン(旧ダイエー)の近くにあります。バイト先が千種だったので、移転してからもよく行ってました。でも移転前の半地下の店舗の、薄暗い店内に日が差し込んでいる感じもとても好きでした。

印象に残っている買った本

・『朝日美術館 西洋編3 ジョット』(朝日新聞社)

・『朝日美術館 西洋編6 グリューネヴァルト』(朝日新聞社)

ムックみたいな画集。安かったけど、結構綺麗な印刷でお得でした。グリューネヴァルトの画集なんて珍しい!と思って喜んだ記憶があります。

・大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫)

気になる文学の本は、まずとりあえずシマウマ書房で探していました。他にはカフカとかランボーとか買った記憶があります。大江健三郎のこの本は、大学三年ぐらいの本当にどうしようもない気持ちと結びついていて、印象深く残っています。今はあんまり大江とか読まないですけど、あの頃の私に寄り添っていてくれたのは大江健三郎と安部公房とシマウマ書房でした。店長の鈴木さん(朝日新聞のコラムで見かけて一方的に名前を知っている)とは一度も喋ったことはないのですが。

②脇田書房

シマウマ書房の道路を挟んで向かいにある古本屋です。専門書がやたらと多くて、最初入ったとき圧倒されました。なんというか、はじめて「大学」というか、学問の匂いを感じました。思想、哲学、心理学、政治が多かった印象。専門書は高くてなかなか買えなかったのですが、いつもパラパラとめくってはそっと棚に戻し、結局安そうな本を一、二冊買って帰っていました。それから、ここは3軒の中で唯一理系の専門書もちゃんと置いてあります。私は専門外なのでまったく分からなかったのですが。

あと、いつも線香みたいなものがたかれていて、おばあちゃんちみたいで居心地が良すぎて泣けてきます。名古屋大学には居場所がない感覚が強かったのですが、ここは匂いのせいもあって「帰ってくる場所」感があってすごく好きでした。

それから、近くに西原珈琲店という喫茶店があって、そこも雰囲気がよくて好きでした。今時珍しく全席喫煙可だったので、よくタバコを吸いながらコーヒーを飲んで、買った本を読んでました。今はタバコもやめてしまったから、もうそんなことをすることもないのでしょうが。懐かしい思い出です。

印象に残っている買った本

・近藤勝彦『キリスト教弁証学』(教文館)

キリスト教に興味を持ちだした頃に見つけて、えいやっと買った本。専門書なのでなかなか高かったので、買うのに勇気がいりました。結局、内容も難しくてなかなか読めませんでした。でも、時々取り出してはパラパラとつまみ読みしています。

・木村太郎『カラヴァッジョを読む』(三元社)

この間のカラヴァッジョ展が名古屋に来た時、見に行って感動して、カラヴァッジョに関する本はなんかないかと探していたときに見つけて買いました。定価は結構するけど、安く買えてうれしかった覚えがあります。

余談ですけど、私は専門書とか自分の専門分野のものは特に、「いつか必要になるだろう」という感じでとりあえず買う習性があるので、大量に本を買って積んでいます。でも、買っても全然読んでなかった本を、のちのち必要になって引っ張り出して活用したりするので、本はとりあえず買っておいたほうがいいです。(積んでることの言い訳)

③大観堂書店

本山の交差点まで下りて行って、覚王山の方に少し歩くとあります。店内が結構ごちゃごちゃしてるタイプの古本屋。値段は安めだけど、本を探すのがちょっと大変。いつ行っても店主(?)がラジオを聞きながらパソコンでゲームをしています。古本屋ってけっこうこういう適当な感じの温度感があっていいですよね。

ラグビー日本代表がパレードをしている日にたまたま行ったら、店主の奥さんらしき人に、パレードの中継をついつい見ちゃって、すごく良かった、と話しかけられました。不思議な店です。

印象に残っている買った本

・『旧約聖書 エレミヤ書』(岩波文庫)

・『旧約聖書 エゼキエル書』(岩波文庫)

絶版の岩波文庫って、地味に探すのが大変なので、古本屋で見つけると嬉しいです。まあ見つからない古本はネットで買ってもいいんですけど、送料もかかるし、やっぱり店で見つけると嬉しいですね。

・木村敏・檜垣立哉『生命と現実』(河出書房新社)

心理学に関する本をいろいろ読んでるときに買いました。この本、表紙裏に著者の献呈のサインが(贈り先の名前入りで)入っています。古本だと著者のサイン入りはたまに見つけますが、どういう経緯でここにやって来たのかを想像したりします。

大学時代にやっておいて良かったことと言えば、こうやって本屋や古本屋を回って、本に対する嗅覚を鍛えておいたことだと思います。

本の並べ方をよく見ると、その分野でどういう本があって、どういう風に他の本や分野と関わっているのか、はたまた、そのお店にどういう特徴があるのか、いろいろなことが見えてきます。目的の本だけ買ってすぐに帰るのではなくて、とりあえず店内をふらふら見ているだけで、思いもよらない発見があると思います。


ktd
23歳、男性。この春名古屋大学を卒業し、現在新宿区民。

東山カルチャーコラムは、東山エリアについて、ゆかりのある方になにかしらの文章を書いていただいて掲載しているコーナーです。毎週金曜17時ごろ更新予定。2020年6月のテーマは「東山のお店」です。

来月7月のテーマは「東山とファッション」に決まりました。お楽しみ。

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