あれはまだずいぶん暑かったから9月ごろだっただろうか。僕は静岡で社会人をやっている先輩と一つ上の先輩数名で大学近くの小さな喫茶店にたむろしていた。そこは車で走っていれば見逃してしまうような小さな店で僕たち以外の客は皆年配に見える。店の中はタバコと仕事を終えた後の充足感とも倦怠感とも言えない魂の抜けた者たちの空気で蔓延し
ていて、まだ19時を回っていないというのにまるで深夜の装いだ。僕は先輩の指先からゆ
っくりとたなびくタバコの煙を目で追いながらぼんやりとテレビの方へ目を移した。テレビではラグビーだろうか、ボールを追って何人かの選手が猛烈な勢いで疾走しそれに応えるように司会者が選手の名前を捲し立てている。僕は全くラグビーのルールを知らないがどうやら接戦のようだ。僕はテレビから目を外して飲みかけのホットコーヒーに手をかけ、今一度深く椅子に腰掛けた。ほどよい倦怠感と充足感。何も用がなかったらそのまま居ついてしまいそうな心地よさだった。僕がそうしてくつろいでいる間にも試合は続く。どうやら試合は佳境に入っているらしく司会者の声がますます緊張を帯びている。心なしか店内もざわめきたつ。皆が固唾を飲んでテレビを見守る中、審判が試合終了を宣言し場内が活気付いている様子が放映された。どうやら勝ったらしい。一気に店内の緊張が解け倦怠感と充足感が戻ってくるのがわかった。
「勝った、みたいですね」「そう、みたいだな」あまりに間抜けな会話に少し笑顔になる。日本がラグビーワールドカップでアイルランドに勝利した瞬間だった。夏の終わりの小さな喫茶店でのできごと。一瞬でも、小さな自分が世界とつながれたような気がした。
P.S 混んだらやなので店名は教えません。こっそり自分で探してみてください。
彗星
音楽愛好家、時々ライター。名古屋大学3年生。音楽ではジャズが一番好き。
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東山カルチャーコラムは、東山エリアについて、ゆかりのある方になにかしらの文章を書いていただいて掲載しているコーナーです。毎週金曜17時更新予定。2020年6月のテーマは「東山のお店」です。